今から36年前の米子ビクターズ

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先日、実家に立ち寄ったら、今から36年前の「米子ビクターズ」の写真が出てきました。
この5,6枚目は全国大会出場時の写真ですが、当時私は中学2年だったと記憶しています。全国大会といっても当時の「日本少年野球連盟」(現ボーイズ)に加入している鳥取県チームは我が「米子ビクターズ」、「米子ジャイアンツ」と「鳥取クラウン」、後発で「松江ジャイアンツ」の4チームだけでした。「鳥取クラウン」や「松江ジャイアンツ」は人数が集まらない年も多々あり、そんな年は「米子ジャイアンツ」と一騎打ちで一回勝てば「全国大会」へ行ける環境でしたので、父兄は年度を通して寄付集めが大変だったろうと思います。
現在では、この山陰でもボーイズが少しずつ普及してきて、チーム数も増加傾向にありますが、当時は硬式をしてる選手はいかなる場合でも「軟式ボールは利き腕で投げてはいけないというルール」があり、友達と野球遊びをするときは利き腕の反対で投げていた記憶がありますね。まぁ当時のボーイズの人口が増えなかった理由の一つとして、野球よりもまず最初に精神面の厳しさから教えるため、子供は入部したいが、親御さんに反対されなかなか入部できない等多々あったみたいです。現在の指導法であれば、もう少し選手が増えていたかもしれませんね。

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