2012年秋季鳥取県大会

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今年もやってまいりました。センバツに賭ける秋季大会。私たちの高校球児時代は今から、26年前。創部2年で1985年秋季鳥取県大会(第65回大会) の覇者となり中国大会に初出場しました。この大会は、私たちの運命を変える劇的な大会でした。

私たちが米子北高に入学する少し前に、北高硬式野球部が発足されました。当時は、ボールやバットもなく、当時の監督が米子ビクターズの関係者で、練習場がない先輩たちは、雨天練習場に授業後、練習をしに行ったりと、まさに高校野球と呼びがたいモノでした。一番ビックリしたのが、外野ノックでした。なんとピッチングマシンでの外野ノックです。マシンのスピードを最大に上げ、ボロボロのボールを入れ、ボールの行方がどこに飛んでいくかわからない状態でした。

入部した当初は先輩方が10人位いたでしょうか?この時点で先輩後輩の縦社会のない、まだ歴史のないクラブ部活動という感じでした。OBもよく覚えているでしょう。『大将』、『カッペ』、『砂チン』を。よく会館のジュースをねだっておごってもらったり。今になるとよく先輩がキレなかったなと思ってしまうくらい先輩をからかっていました。

私たちは4月に入部し、1年生はそこそこ野球経験者ばかりで、レギュラーは1年生がほぼ占める、という状態になってしまい、先輩方は1、2人とやめていき、結局は3年生が1人、2年生が2人になってしまいました。そんな状況の中、新3年になったばかりの秋の大会で、なんと優勝してしまったのです。県大会では、我が野球部の4番バッターの市川は2試合でホームラン3本、11打点をたたき出し、マスコミには『山陰の怪物君』なんて書かれて、世間を騒がせていました。とにかく、どこと試合をやっても負ける気がしなかったのは、チームメート全員が思っていたことでしょう。

あの草野球の延長から野球を初め、よくぞここまでなったかと思うと我ながら、未だに誇りに思うし、あの経験があったから、今でも同級生や後輩と酒を飲んだり、後輩の試合を応援に行ったりと、一生付き合える友、後輩がいて本当によかったと思います。</p> <p>現在、米子北高野球部も2回戦、倉吉農業に勝ち、3回戦で鳥取工に勝ち、いよいよ昨年の準優勝高の鳥取城北と対戦しますが、思いっきりプレーし、甲子園に連れていって欲しいですね。

ガンバレ!!高塚!!

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